歩き遍路の体験記1 | 夏の朝、ヒマワリのお手伝とコーヒー


遍路道を歩いた8月の物語

山の中に続く、アスファルトの一本道。

あの山の端から太陽が覗くころには、今日も暑くなるなぁ……。

夏の気配が漂う朝のお遍路道は、ゆるゆる下りになっているおかげで涼しくて、歩幅も広がります。

少しでも涼をとりたくて、木陰を辿るように歩いていると、山道の合間に現れた集落から、おばあさんが出てくるのが見えました。

暑さ厳しい8月に歩いているお遍路さんは、とても少ないです。

まとまった休みを取りやすいのがお盆休だから、暑いのがわかっていて毎年のように四国に来ています。

日中お遍路さんを見かけなくても、宿では誰か一緒になったりするものです。

でも今回は、同宿の人すらも見かけないままだったので、ちょっとテンションが上がってしまったのでした。

今日、歩いていて「猿」は見かけたのですが、「人」を見かけたのは初めてで、迷わず挨拶していました。

「おはようございます!」

「こんな暑い中、歩いてるの?」

よう歩いて来たねぇとばあさん。

朝から畑仕事かな?

どこに行くのかなと、何となく歩調を合わせていると、

「ご近所さんからね、ヒマワリが綺麗に咲いたって聞いたの。一緒に見にいかない?」

予想外のお誘いでした。

「え、見たいです!」

反射的に答えてから、思わず周りを見渡す私。

見えるのは、杉の木と広がる畑、奥にいくつかの民家。

民家と畑があって見晴らしがいいけれど……ヒマワリの気配がどこにもありません。

行くと言ってしまった手前ですが、本当にあるのかな?

目をすがめても黄色の一欠片も見当たらなくて、不安がよぎったのでした。

ついていった先には……

「ご近所さんが送ってくれた写真がすごく綺麗だったの」

嬉しそうに歩くおばあさんに、「こんな山の中に、ほんとに?」だなんて、聞くのがはばかられてしまい。

田舎って一軒一軒がはなれているから、ひょっとして、私が考えてる「近所」と距離が違うのかもしれない。

緑の景色の中をついていきながら考えていました。

ジワジワと額に浮かんできた汗を拭います。

猿よけだという柵の間から、畑の脇道に入りました。

この辺りなのかなと思いつつ、畑の脇を通り過ぎ、背が高い夏草が茂る脇を通り過ぎ。

ひとけが無い家が現れました。

人が住んでる……のかな? 

ここがご近所さんの家?

なんて思っていると、慣れた様子で裏に回っていくおばあさん。

続いて家の裏に足を踏み入れます。

急に開けた視界に、視線が上に向くと。

「わぁ!!」

こちらを一斉に向く一面のヒマワリがありました。

同時に心の中では……。

心の中で疑ってました、ごめんなさい。

おばあさんを疑ってついていくなんて、修行が足りないのだと心の中でひたすら謝ったのでした。

ヒマワリ畑でお願いされた、お手伝い

「綺麗ねぇ」

ヒマワリを見上げるおばあさんの少し後ろで、ヒマワリにカメラを向けていると

「ちょっと」

二つ折りのピンクの携帯電話を手に、おばあさんが話しかけてきました。

ガラケーだ、懐かしいな。

そんなことを思っていると、

「写真どうやって撮るかが分からなくて。ふだん写真撮らないから」

困り顔のおばあさん。

携帯電話の画面をのぞくと、メールの画面が開かれていました。

「このボタンですよ、ほら」

携帯を受け取り、ボタンを押します。

写真撮影の画面を開いて、おばあさんに携帯を返しながら、ふと。

来る途中で私と会ってなかったら、今ごろヒマワリの中で一人、あわあわしていたのかな……。

だって、ここまでの道すがらだって、人っこひとりで歩いていなかったから。

思わずそんなことが心をよぎって、なんだか胸がキュッとなったのでした。

おばあさんは携帯を私の手に戻しながら、

「ヒマワリの写真撮ってもらえる?」

いきなり大役をまかされたことにドキドキする私。

緊張のせいなのか暑さのせいなのか、流れる汗をぬぐいます。

「どれがいいですか?」

と、ヒマワリの写真をいくつか撮るお手伝いをさせていただいたのでした。

「この写真いいわねぇ!」

一緒に写真フォルダーを確認すると、嬉しそうにしてくれてほっとしました。

なんだか心が暖かくなるのを感じていると、

「暑いから、少しウチで休憩して行かない?」

思う存分ヒマワリを眺めて、写真も撮って「一仕事終えました」という気持ちになった私たち。

おばあさん家の玄関で少し休憩させてもらうことにしました。

コーヒーを飲みながら、聞かれたこと

「冷たいコーヒーがあるから飲んで」

バキッ。

缶コーヒーの蓋を開けます。

時計を見ると、まだ朝の9時すぎです。

まだこれから歩くのにもう、今日は満たされた気分になっちゃったな。

そんなことを思っていると、

「こんな暑い時によく歩いてるわねぇ」

「いやぁほんと、暑いです」

「でも、楽しいんですよ」

「そう、すごいわねぇ」

聞かれていないのに楽しいと自分から言ってしまって、でもその次の言葉が続きませんでした。

夏に仕事の休みを取りやすいからこの時期に来てるだけで、暑い中歩くのが好きというわけではなくて。

そもそも歩くっていうと、大変な印象が先にきてしまうのも分かります。

なんで楽しいってなかなか一言では表しづらいし、共感してもらえた記憶もありません。

あ、そうだ。

今、一つだけ、おばあさんに言えること、あったな。

「今日だって、歩いていたおかげで一緒にヒマワリ見れました」

なんて言いながら、頭の中に言葉が浮かんできました。

「一日中歩くだけなんて、自分ならきっと1時間で飽きるな」

つい先日、知り合いに言われた言葉でした。

思い出しながら思わず苦笑いになってしまったけれど。

誰に何をいわれたとしても今、目の前でおばあさんと過ごした時間が、私にとっての事実でした。

数年後、次の一周をするときにまたこの道を通っても、また会えるかどうか分かりません。

運よくまた会えたとしても、ヒマワリの季節じゃないかもしれません。

一生に一度の物語。

物語を作りながら、山越え谷越え歩くのが楽しいのだ。

「楽しいですよ。今日、歩いてないと出会えなかったですもんね。私一人じゃ、ヒマワリにも気づかなかったです」

私のスマホで撮った写真を膝の上に載せながら言うと。

「あら、それも綺麗だわ。そうね、暑くなるからこのお茶も飲んで気をつけていってらっしゃい」

歩きながらどうぞと、ペットボトルのお茶もありがたくいただいて。

「それじゃあ、そろそろ行ってきます」

家の先に立ち、ずっと手を振って見送ってくれる姿に、田舎の祖母の姿を思い出しながら。

山の一本道を一人、再び歩きだしたのでした。

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