歩き遍路の体験記3 | 夏の海を越える親心


女性一人で歩き遍路をしています。道中で起きたことを書いた体験記です。

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3周目の歩き遍路で、大混乱

2日後に台風10号が上陸するのはウソじゃないかと思うような、青い空が広がるお昼時でした。

私は混乱していました。

夏の暑さのせいで頭がおかしくなったのではありませんでした。

嫌な予感が一瞬、頭をよぎっていたのに。

スマホのメール画面を見ながら後悔しても、もう遅かったのでした。

その日、私は電車に乗って高知県の西側を目指していました。

お盆休みを利用して、四国にあるお寺を巡礼するためです。

弘法大師空海にゆかりのある88ヶ所のお寺を巡ることを、「お遍路」といいます。

電車が目的地に到着するのと同時に、ポケットの中のスマホが震えました。降り口に向かいながらスマホを取り出します。

父からのメールでした。

「八幡浜着15:00 

そこまで2時間くらいで着きます」

電車からホームに出ようとする足が止まります。

八幡浜? なに、それどこ?

着くって……ここに……ってこと?

たった2行のメールに、こんなに混乱させられたことがあったでしょうか。

「……は?」

思わず声がもれました。

突然声を上げて、前を歩く人に変な女だと思われていないか心配になり、前を見ました。幸い少し距離があり、気にされた様子はなくほっとし、急いで返信を打ちます。

「くるんですか?」

漢字に変換する余裕などありません。返信はすぐに届きました。

「明日40番のお寺まで、車で送ります」

駅を出た私は、急いで父に電話をかけながら、今朝、高知にいるとメールを送ったことを後悔したのでした。

高知県には、台風が接近しています。そして私は今、明後日に台風の中心が通過する予定の場所にいます。

トゥルルルル……トゥルルルル……

事後報告にすればよかった。

繰り返される呼び出し音を聞きながら思います。

熊本にいる両親は、すでに船に乗ってしまい、海を渡って来ようとしているのでしょうか。

どうか船に乗る前であって欲しい。私の頭には、15年前のことがよぎっていました。

果たして、上陸を止められるか……?

15年前。

1周目の四国遍路をしていたときのことです。

まだ学生だった私は、春休みの1ヶ月間、四国遍路をしていました。そんなある日のこと。

毎日40キロ近く歩いていたので、疲れがたまっていたのだと思います。急に体調が悪くなり、病院で点滴を打ってもらうということがありました。

その時も、なんとなしに、親にそのことをメールで伝えていました。

「そうですか。今どの辺りにいるのですか」

と返信がきたので、町の名前だけ返信したのでした。

点滴のおかげで体調もすっかり回復し、翌日から再び歩くことができるようになりました。

その日は、歩きながら知り合った2人と、山を登ったところにあるお寺を目指していました。

山に入ると、歩き遍路をする人だけが通れる、昔ながらのけもの道を歩いていきます。けもの道と車道が交差する場所に出たところで、1人が前を指差しました。

「ねぇ、あそこに熊本ナンバーの車が止まってるよ」

見ると、何もない山道の脇にぽつんと黒い車が止まっていました。熊本の車だなんて珍しいなぁと思うと同時に、心がざわつきます。

見たことがある車だな……。そう思った次の瞬間、車のナンバーがはっきり目に入りました。

「えっ、あれ、うちの車だ……」

予期せぬ私の言葉に、2人が同時に「え!?」と驚きの声を上げます。

車から人が降りて来るのが見えました。両親でした。

どうしてここにいるの?

昨日、メールで町の名前しか送っていないのにどうして?

しかもこんな山道にどうして?

一瞬の間に、いろんな「どうして」が頭に浮かびます。

「どうして!?」

「この辺におるんじゃないかと思ったと」

驚く私にかまわず、いつもと変わらぬ様子の父。

「お寺、すぐそこだけん乗ってく?」

「いや、歩きよるけん、よか」

知り合いの1人は、なんだか乗りたそうにしていたけれど、私は不機嫌に即答したのでした。だって、私は歩きたかったから。

私の言葉を聞くと、両親はそのまま車で走り去ってしまったのでした。

驚く私とは対照的に、あまりにもいつも通りの両親。私はあっけにとられたまま、車を見送ることしかできませんでした。ここまで時間にして、5分程だったかと思います。

「もしもし」

電話口の父の声に、意識が現実に引き戻されました。

「もう、フェリーが出たと」

と言う父。ああ、遅かった……。

「高知は台風がきよるとよ。危ないけん、送ってく」

「……」

そういう問題ではなないのです。だって私は歩きたいのだから。後悔の気持ちよりイライラしてきた私は、電話口で無言になってしまいました。

「そんなこと言ったって、宿も全部押さえとるし、無理」

心底嫌そうな私の声に、

「じゃあ、ちょっと顔だけ見たら帰るけん」

と父が言います。

その言葉が、私の心をザワつかせたのでした。

いったん電話を切った私は、ため息をつきます。ジリジリと暑い日差しの中を、歩き出しました。

父が高知に来てしまう。大型の台風が直撃しようとしている場所にいる私を心配してくれるのは分かります。記録的な大雨になるだろうという予報も出ていました。

15年前と同じでした。15年前と同じように追い返すの?

歩きはじめて数分で、汗が額を流れ落ちはじめます。

「歩いているから」と言えば、父は私の顔を見て、本当にそのまま帰ってしまうと思いました。でもその選択をする想像すると、心がイライラしたまま落ち着かないのです。

住宅地を抜け、峠に向かう道を、イライラを振り切るように歩きます。暑さゆえか、人ひとりいません。

心も体も落ち着かず、まるで修行のようだと思いながら、ふと、どうしてイライラしているのか気が付きました。

私を心配し過ぎなのです。

心配してもいいけれど、心配のあまり干渉し過ぎることは、信用していないということに繋がると思ったのでした。私は、信用されていないのだと感じてしまうことが嫌だったです。

だからといって、15年前と同じようにいきなりやってくる父に、イライラして気持ちをぶつけるだけでいいのかな。

海を越えてくる親心には心底困ったものだけれど、心底心配してくれる人がいることはありがたいと思ったのでした。

そこまで考えると、ポケットからスマホを取り出ました。自分の気持ちを整理できると、心のイライラがおさまるのを感じました。

8月の暑い時期に、歩いて遍路をする人は少ないです。今日泊まる予定の宿は、今から電話をしても空き部屋を予約できるはず。

父の車に乗るつもりはないけれど、そもそも年に数日しか会えていない両親です。

今回だって、会うのはお正月以来だから8ヶ月振りでした。

私が心配をかけてしまったのが原因だけれど、久しぶりに一緒に過ごす時間を作ってもらったのだからと思いながら、宿に電話をかけはじめたのでした。

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